2001年2月1日発行/専慶流いけばな真樹会主宰・西阪慶眞



 花材/ボケ、菜の花、アイリス

ポイント ボケは自由奔放な枝の表情をねらうことから、枝振りに応じた自由な形を求めます。ここでは天の裏添えを深く曲げ、優美な空間を描いています。





 花材/キウイ、シンビジューム、ルスカス

ポイント 二つの器を使って構成した小品花。作例の花器はコップ程度の大きさでごく小さい器だが、足元が安定しているため、結構重い素材も自由にいけることが出来る。シンビジュームのような重い素材でも倒れない器は使い勝手がよい。ここでは色違いの器を前後に配し変化をもたせています。キウイは動きを求めてアンバランスな構成を試みるのがポイント。


脱皮と云う今年のテーマ

 新世紀を前に今年こそはと大きな決意と夢を抱いた人も少なくないだろう。その新しい21世紀もはや一ヶ月が過ぎた。節分を過ぎればいよいよ冬眠の「静」から芽生えの「動」に時節は移る。巳年にあやかり今年こそは脱皮をはかりたいもの。脱皮は今までの自分へのバージョンアップ、さらなる成長である。脱皮出来ない蛇は死を意味するのと同じように、私達人間も、生きるとは脱皮の連続と云えよう。人間性にさらなる磨きをかけるのである。単なる修正ではなく、痛み苦しみを覚悟の上、新しい想像が加えられなければならない。
 解釈を間違い、過ちを繰り返すのは人間だけが持つ欲求の部分であろう。欲求心があってこそ成長が期待できるが、自己欲や物欲は限度をわきまえてこそ評価される。猛獣の王は満腹になればそれ以上獲物は襲わない。「これで十分」をわきまえているからであり、無駄な動きはせず、ゆったりとした時間を過ごす。しかし、人間は欲望に限度がなく「もっと」「なお一層」を追い求める。この限りない欲が地球全体を怪しくしているのは云うまでもない事。ならば余った欲求はアートの世界に向けるべきであろう。左脳、右脳のバランスがとれ、感性の意味も理解出来る進化した人間となりえるからである。
 自分にとってこれで十分とは?難しい問いではあるが、自らの脱皮のためにも各々の分野で問い直してみたい。大きな家を手に入れても努力ある日々の暮らしがなければ曇ったガラス窓から外を眺めることしかできない。
 辛(かのと)の巳年。辛は短剣を表す象形文字で、痛い、苦しい、辛いなどの意味があり、辛は「新」の文字に通じるとか。玄関にいけばなを飾る行為は大変な努力を強いられるが、そこには様々な「語らい」があり、それこそ自分だけの幸せ感だけでなく、家族や訪れる人の心までも柔らかく変える魔力を秘めている。大きな改革もさることながら、まず、部屋に一輪の花を生ける心のゆとりを保つことから実行に移していきたいものです。

                               華道専慶流 西阪慶眞



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