2002年3月1日発行/専慶流いけばな真樹会主宰・西阪慶眞


黒芽柳生花

花材/黒芽柳、アマリリス

ポイント ネコヤナギの園芸種。赤褐色の可愛い花芽が魅力ですが、細い茎を生かせると一層引き立ちます。太い幹や、短く分岐した素材は低く配し、伸びのある細い茎に動きを見出します。アマリリスの葉は引き締め、長短の妙を。



ぜんまい

花材/ゼンマイ、ラッパ水仙、レースフラワー

ポイント くるくる回ったゼンマイの表情をを捉えて、面的に見せますが、茎の曲がりも無視出来ません。ここでは横に広げる単純な構成をとっていますので、茎の向きは流れのある下垂状にいけます。小花が集まったレースフラワーは長短をつけて低く扱い、器との連携を密にとります。

通常、ラッパ水仙の葉を添えるのが一般的ですが、ここでは花本位の扱いとして花形そのものをクローズアップさせることから、花茎だけを前後に配し、色彩を際だてます。


(井の頭公園を彩る桜) 

「はな」と心的エネルギー

  梅便りを耳にしながら春の訪れを心待ちに空を見上げるこの頃、いけばなの世界では一足早い春爛漫の花材を手にしています。桃、さんしゅゆ、れんぎょう、木蓮、コデマリなどの花木類は加温して開花を促したものですが、外気の寒さからは想像も出来ない新鮮な顔ぶれに「いけばな人」の心はすっかり春そのもの。
 そんな心温まる四季の贈り物とは裏腹に、国会では旧態依然とした「政治攻防」が。庶民には計り知れない国会内の慣習、官僚癒着…の暴露。構造改革をうたって就任した小泉内閣もゴタゴタが絶えない。はたして国会の雪解けは期待できるのだろうか。
 身近に置き換えて周辺を眺めても同様な事例が目につき、そこには自己中心的思想の根強い国民性がうかがえる。「本音」と「建て前」をうまく切り替え、器用に生きる。凡人から見れば、彼等のこうした行動に心が痛まないのかと人間性そのものを疑いたくもなるが、それが我が日本だと容認せざるを得ない事実が私達に鋭いメスを突きつけているように思えてならない。
 変えられそうで変えられない自己虫(自己中心的思想)。政治家でなくてもこの病気にかかっている人の何と多いことか。深刻なのは自己診断が困難であることがこの虫の特徴で、ひどくなると自暴自棄に陥る。将来を考えない短絡的行動に走ったり「やけ」に よる凶悪犯罪も急増している。こうした中で、今、心的エネルギーが注目されている。「超自我」と云われるもので、何事も明るく、いい方に解釈しようとする快楽原則からくる衝動や自我の働きを、道徳、良心などによって抑制、道徳的志向に向けさせようというもの。
 思えば、いけばな教室はこうした自己虫の発見と治療の役割をになう側面を備えている事を再認識しなければならない。教室で生けられた個々の作品を見ていると、本人には解らない人間性がそのまま現れているのです。先生はその欠点を指摘したり、長所を伸ばすアドバイスをするのだが、強靱な自己虫を追いやるのはかなりの根気を要し、ややもすると個性と自己虫を履き違えているため「根本意識の改革」そのものに手こずる人達が多いのが現状なのです。
 人の気持ちが解らない人は人の上に立てないのと同じように、花の気持ちを解ろうとしない人に満足ないけばなは生けられないのは云うまでもありません。それでは「花の気持ちが解る」にはどうすればいいのだろう。まず、自我を捨て、心を穏やかにし、冷静さを保つ事。ゆとりが持てれば自己の根底にある心的エネルギーがいい形で顔を出し、自然と素材の良さが掴めるものなのです。華道の「道」はこうした心的訓練が秘められることを示しています。自己主張の強い人は花の表裏さえも気付かないまま誤って使い、死んだ花をいけてしまうもので、自己抑制は欠かせないと言えるのです。
 花と和して力をやり、力をもらって成長する…それが花の道であり、いけばなの尊い価値なのです。醒めていた斯界に再び人口が戻りつつある現況に、人間本来の素晴らしさを大いに期待したいもの。

                                 華道専慶流 西阪慶眞


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