花模様ロゴ ●2018年11月1日発行/専慶流いけばな真樹会主宰・西阪慶眞

●花材/

ニシキギ、クジャクソウ

●花器

三足花器

 

 ●いけ順
 ニシキギを主体にいけるが、ここでは胴から下は全てクジャクソウを使い、明るさを前面に。色に深さを求めて白色のカーネーションを。


 ●いけかた
 ニシキギは撓めが自由なので、しっかり基本の骨組みを。茎の柔らかいクジャクソウはニシキギの茎にもたせ掛けるように添えていけば留めやすい。

ポイント 
 




●花材/

エンコウスギ、鶏頭、オクラ

●花型/

 

ポイント 
 非日常的いけばな。水補給を絶たれた植物を見るに忍ばないものの、それでも生きようとするうごめき、今にも動きだしそうな新たなエネルギーが。

水揚げ 霧吹きを


 ススキ

今日のいけばな

 いけばなってどんなかたちで生けると良い?
 どんな順序で挿せば良いのか判らない…!。
この素朴な質問に対し、指導者はどのようにアドバイスするだろう。
 単純には伝いきれないが、二つの方向がある。一つは、形式や趣向を指示、パターンの習得が第一と説く。もう一方は、個性の優先。短く切りすぎたり、花や葉の向きが違っても、生徒の自由度と個性を尊重した対応をとる。従来は前者の考えが王道だったが、近年は後者が主流に。
 しかし、後者を放任すると、生徒主導になり、選択肢は自分の域を出ず、独りよがりに陥る。さらに、伝統技法や華道の精神性は途切れ、ジャンルを逸脱することに。そこで、今は伝統花と現代花を二分して、取組みやすい自由花から始めてもらうことに。
 生徒と指導者が一つになって、相談しながら作品を作り上げる関係性、植物に馴染む前向きな雰囲気の中で空間美、色彩美、創作美を探求してもらう。この考え方は「自由」が基盤にあるので、生け手の思いやモチーフをどのような形で反映させれば良いか千差万別で、教える側は常に生け手の目の動きを注視して心を読まなければいけない。その意味で現代いけばな指導の難易度は飛躍的に上がってると言える。
 そもそもいけばなを習おうと思うのは、どのように生けたら良いのか解らないからなのだが、たまには自由に「自分で生けたい」「邪魔をされたくない」と云う思いに。それは解放感が生じたトキであり、自由に飛び跳ねた前向心境の現れでもある。堅苦しい矩形や約束事から解き放たれ、思い通り、好き勝手に生けられた花は生き生き…。ただ、このような良好結果になれば万々歳なのだが、それほど安易にいかないのがいけばなであり、素材を知るだけでもかなりの経験と見る目が必要だと云う事が自ずと知らしめる事に。したがって、思いのままに生けると言っても、出来上がった作は散漫になったり、乱雑になって、当然の事ながらスッキリした作には至らない。

 ところが、事前に的確なアドバイス、情報が与えられれば自信がもて、とても楽しく制作に向き合えるのかもしれない。第一印象が良ければ心も新鮮で、それこそ素直に花と対峙出来る。この心理効果は非常に大きい。いつもならどの向きが良いのか判別に戸惑うところを、躊躇なく適材適所に配置出来る。本当に不思議なほどササッと生けあげられた…そのような経験者の多くは、やはり「心の有りよう」を指摘している。
 更に、「花に生かされる」と云う感情の存在。生かされると云う関係性?。難しくて解りにくい、或いは宗教的と捉える人もいるかも知れないが、そうではない。植物(素材)に深く向き会っていれば人の目には見えない独自の関係性が生じて来る。綺麗な花を見て綺麗と思ったり癒される感情以上の強いメッセージが体内を駆け巡り、全く新しい独自の世界感が広がって来る。明るさ、グレー、暗闇…温度差も。「まだまだ修業だが、花に向き合える人生で救われた」と話す人は多い。
 「素直に向き合う」
 簡単そうで、簡単ではないが、まず、素で向き会うこと。無で接すること。いけばなは言い換えれば無になる為の修行。自分色を透明にして、目の前の素材そのままの姿、カタチを観る。この姿勢域を維持出来るようになれれば独自の「いけばな世界に立つ喜び」が舞い降りるに違いない。
 植物とのコンタクトから日本独自の世界観、美意識を導き出す「いけばな」の道、みなさんとご一緒に愉しく歩みたいもの。

             華道専慶流 西阪慶眞




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