夏日、真夏日と言う暑さを象徴した言葉が目新しく、その体感する暑さに成る程…と納得したのはそんなに古い話では無いと思うのだが、毎年の記録的な暑さの更新に、暑さを表現する言葉も嬉しく無い変化を続けている。きびしい暑さを猛暑と言い、はげしい暑さを激暑・酷暑と言う等、様々な暑さを、私達は有無を言わさず体感させられているが、この先どれ程の気温上昇が続いて行くのだろう。体温をはるかに越える気温は、当然人体に与える負荷は想像以上に大きく、熱中症の発症率も比例して上昇。「運動や外出は控える様に」と言う報道は、既に正常な生活環境では無く対処にも限度がある。人任せの用件ではない。他人事では無く、生活のリズムや環境等の改善を含め健康管理は自身でする事が何よりの予防対策なのである。更には、この気温の上昇が豪雨の要因となり、今年も多くの人々や地域に大きな災害をもたらしている。しかし、怒りの矛先は何処にも向けられない、この自然現象の原因は他でもない地球温暖化に拍車を掛けた私達にもあるのだから。
ちょっとしたアイデアや、ささやかな思いやりにホッと笑顔になる、嬉しく成る、心癒される…と言う経験、皆さんもあるでしょう。そう、ほんの些細な事で十分、思わぬ事が人の心に優しさや感謝の気持ちを呼び覚ましてくれる瞬間がある。ただ、反面それが気に止まる、止まらない…と言う人それぞれの感性がそこにはあるのだが、まあそれはさて置き、この極暑の京で小さな感動、大きな喜びに出会ったと言う旅人の話をしましょう。
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大好きな京への旅は、四季を通し数えきれない程に成っているが、この夏初めて出会った風景に、京らしさ、京だからの思いやりを感じて,思わず感動したと言うのだ。それは、京から奈良へ向う近鉄電車の車窓の向こう、駅のホームにある待合室に掛けられた「すだれ」を見つけた事だったと言う。暑さ厳しい京、もしかしたら、毎年掛けられていたのかもしれない。同じ所を同じ頃通過していたのかもしれない。もしもそうなら、それに気づく心の余裕が無かったのかも知れない…と、そんな思いを含め出会ったこの風景に、温かな京の人の思いやり、優しさに顔がほころび、言いようの無い喜びを感じたと言うのだ。京の街、至る所に京らしさ、古都らしさ、まだまだ残されている豊かな自然の営みがある。そんな街ならではの心遣いが、こんな所にまで…また新たな発見に、益々京への思いが強くなったと。
あなたは、この「すだれ」に何を思っただろう?。京に住まう者には当たり前の風景…しかし、そんな特別では無い事にも、土地が変われば、或いは人が変われば心を癒し感動さえ与えられる可能性を秘めている。小さな気配りや思いやりが、人と人を繋いで行く…当たり前だからと見過ごしている京らしさがあり、厄介だからと排除の方向へ向いつつある事が沢山ある現代、それは京だけでは無い。同時に煩雑な日々の生活の中で見過ごしがちな些細な事にも気づく心の余裕を持ちたいものである。
華道専慶流 西阪慶眞
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