2007年9月1日発行/専慶流いけばな真樹会主宰・西阪慶眞
いけばな専慶流・風船柳

●花材/風船唐綿、ストレチア、アレカ椰子、孔雀草、デンファーレ

●花器/四角錐黄色釉花器

●風船唐綿 アフリカでは常緑低木として扱われるトウワタ科。日本では春蒔き一年草として扱われる。水はけと日当たりが良ければ簡単に栽培出来る。害虫はアブラムシ程度。
切り口から白い樹液が出る。

ポイント 
 柳に似た葉が付く事から風船柳の異名も。栗をはじめ稔りの秋を代表する実もの。柿やミカンと異なり、とても軽く、軽快な雰囲気を捉えるのがよろしい。茎には流れを見い出し、実の軽さを。投入手法を取り入れた現代花だが、足下を一つに。

水揚げ 風船唐綿は水切り後、切り口から出る樹液は、水で洗い落としておけば水揚げも良好。

いけばな専慶流・風船柳-2
コスモスとの出会いも良好。

●花材/彼岸花、破れ傘

●花器/多孔創作黒花器(大津寄花堂作)

ポイント 
 群をなす表情に力強さと強烈な印象を与える彼岸花。ここでは単純なマッスではなく、一本一本の表情を生かしながら、集合する特性を存分に引き出している。この花には葉がないので、借り葉として破れ傘を副え、青空に映える印象を素直に表現しています。


水揚げ 水切り。

いけばな専慶流・彼岸花

いけばな専慶流・キリンソウ

デジタル派?

 記録的猛暑もようやく収まり、秋らしい風がそよぎ始めると「ひがんばな(彼岸花)」が黄金色の稲穂をバックに一斎に咲き誇る。秋の彼岸(秋分の日前後)に決まって咲くことから名づけられた植物学上の正式名であるが、生命の神秘さえも感じさせる植物である事でも有名である。しかし偉大なる生命力を誇るこの花にも近年異変が生じ始めている。花の色が場所によって異なるのである。どうやら環境汚染に深い関係があるのではと推測されている。車の往来の激しい国道沿いではややくすんだ深紅色、あるいはにぶい発色であるのに対し、車の少ない地でのそれは鮮烈で、透きとおる真紅の映えはどこまでも清浄そのもの。これが同じ紅色ひがんばなかと疑いたくなるほどである。私の住む幹線道路沿いの花も冴えがなくなっているが、それがいつ頃からかは定かでない。
 良きにつけ悪しきにつけ、長い年月を経て変化しているその違いを的確に認知することは難しく、大半の人はその微妙な変化に気づくことなく慣らされてきた。我々が日常接する枝もの、古典花に使われてきた木物素材を見るかぎり、その変貌ぶりには目を見はるものがある。山採り可能な自然環境が無くなったためであり、今では老松、夏はぜ、朴の木、山梨、ナナカマド、梅もどき、栗、紅葉、ハイビャクシンなどにも、今では面白い幹の素材は望めない。10月にもなると使いどきになる多年草の「クロはらん」にしても、かなりの数の中から選りすぐってみても、以前なら捨てていた品質でしかない。それでも花屋の店主は胸を張って「良品」と奨めるのだから、いかに、質に変化を来しているかを知ることができる(以前は大木の下で自然に近い環境で育っていたものを花屋が一枚一枚吟味して切って来て来たものを素材としていたが、今は畑に葉焼け防止の寒冷紗を張り、養分を与えて生長を促す「生産」型に)。
 言わば養殖もので、葉は大きく、柔らかで、豊富な技量をもってしても、とうてい、凛とした姿は得られない。仕方なく、テープや針金で止めると云う安易な方法に頼る事になるが、しかし、生けあげた作品には当然の事ながら植物本来の勢い、姿、格調ある風趣は感じられない。専慶流は創流当初から「足で生ける」と云う教えがある。平たく云えば自分の足で素材を探すと云う事であり、良い素材を見つける事を促して来た。裏を返せば、素材の良否が解る鋭い目を培ってきたのである。素材を見る目が備わればおのずと「何をいける?」かが解り、的確に作品へと反映されるのである。
 しかし、足で花を求めるには余りにも世の中が変わり、いけ手に代わって花屋が我々の足になってくれるのが理想なのだが、ややもすると花屋そのものが見る目を持たなくなってきている。
 このことを「仕方ない」でかたずけられるのであろうか。いけばな文化の向上はおろか自然感性は低下するのみである。アナログからデジタルへ。総てに温かみを感じなくなっているのは明白で、心通うアナログの共生が問われているのでは。並行してデジタルの良さも…大変難しい時代である。

            華道専慶流 西阪慶眞


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